建築物の解体や改修工事において、アスベスト(石綿)の管理は、法令遵守と作業者の安全確保に不可欠です。
厚生労働省が定める「石綿障害予防規則」(石綿則)では、アスベスト含有の有無を判断するための分析方法が明確に規定されており、特に定性分析が重要な役割を担っています。
今回は、石綿則に基づく環境省通知「石綿含有建材の分析方法に関するマニュアル」に示された定性分析方法1(偏光顕微鏡法)と定性分析方法2(X線回折分析法・位相差分散顕微鏡法)に焦点を当て、その手順や特徴を詳しく解説します。
これらの手法を正しく理解し、適切に実施することで、信頼性の高い分析結果を得ることができます。
石綿則と分析の必要性
建築物の解体や改修工事では、アスベスト(石綿)の適切な管理が不可欠です。
厚生労働省の「石綿障害予防規則」第3条では、工事前に建材のアスベスト含有調査を義務付け、含有が疑われる場合は専門的な分析を求めています。
この分析は、飛散防止対策や作業者保護の基盤となり、法令違反の回避にも直結します。
吹付け材や成形板など、過去の建材にはアスベストが含まれるケースが多く、目視だけでは判別が困難です。
そこで、石綿則に基づく環境省通知「石綿含有建材の分析方法に関するマニュアル」(令和4年改正対応)では、定性分析と定量分析が規定されています。
定性分析と定量分析の違いについては、こちらのコラムを参照してください。
https://tsuzuki-dx.com/column/asbestos-analysis-standards-method-manual2/
特に定性分析は、含有の有無を早期に判定し、リスク分類(レベル1〜3)を可能にします。
もし、分析を怠ると、飛散事故や行政処分、損害賠償のリスクが生じます。また、2022年4月からの法改正により、事前調査結果の報告が義務化され、分析の信頼性が行政対応や発注者との関係に影響します。
石綿則に基づくマニュアルでは、分析の信頼性を確保するため、定性分析と定量分析の両方が規定されていますが、今回は定性分析の基準となる方法について解説していきます。
定性分析方法1 偏光顕微鏡法
定性分析方法1の偏光顕微鏡法は、建材や製品、原材料中に含まれるアスベストをその光学特性によって同定する手法です。
市販の建材だけでなく、非意図的な混入や建築用仕上塗材のような複合・複層建材の層別分析にも対応可能です。また、電子顕微鏡法への応用も視野に入れられています。
分析はまず、試料を受け取った段階で肉眼により全体を観察し、色や材質を詳細に記録することから始まります。
次に、必要に応じて灰化、酸処理、浮遊や沈降といった前処理を行い、非アスベスト成分を除去します。
その後、肉眼と実体顕微鏡を用いて試料の種類や前処理の必要性を再確認します。前処理が必要な場合は、都度、実施します。
続いて、実体顕微鏡でアスベストの可能性がある繊維を探し出し、代表的なものを選んで偏光顕微鏡用のスライドを作製します。
偏光顕微鏡による観察では、アスベスト特有の色、多色性、複屈折の大きさ、消光、分散色といった光学的性質を指標に観察を行い、アスベストであると判断された場合は「アスベスト出」と判定します。
アスベストが検出された場合、肉眼、実体顕微鏡、偏光顕微鏡の観察結果に基づき、アスベストの質量分率を0.1〜5%、5〜50%、50〜100%の3段階で推定します。
なお、意図しない混入が疑われ、繊維が1〜2本のみ検出された場合には、これらの段階以外に「検出」という表現を用います。
一方、調べた繊維がいずれもアスベストでなかった場合や、実体顕微鏡で確認できる大きさの繊維が見つからなかった場合には、無作為に分取した試料から偏光顕微鏡用の標本を6枚作製し、実体顕微鏡では見えない微細なアスベスト繊維を探します。
この過程でアスベストが見つからなければ、「アスベスト不検出」と判定します。この方法は比較的簡単で視覚的な識別が可能ですが、正確な判定には分析者の熟練した観察技術が不可欠です。
定性分析方法2 X線回折分析法と位相差分散顕微鏡法
定性分析方法2は、X線回折分析法と位相差分散顕微鏡法を組み合わせた手法で、偏光顕微鏡法による判定が難しい場合に有効です。
分析対象の建材から採取した試料を研削、粉砕、加熱等の処理で「一次分析試料」とし、塩酸処理により「二次分析試料」を調製してX線回折分析を実施します。
同時に、一次分析試料を用いて位相差分散顕微鏡による分散染色分析を行い、両方の結果を基に判定基準に従ってアスベスト含有の有無を決定します。
対象となる建材は、耐火被覆材(吹付け材等)、バーミキュライトを原料とした吹付け材、内装材(成形板)、床タイル、外装材(成形板・モルタル)、断熱材、保温材、壁紙(クロス)、シール材、伸縮継手など多岐にわたります。
ただし、天然鉱物に不純物として入っているアスベスト(バーミキュライト吹付け材を除く)は調べられません。また、バーミキュライトが含まれる吹付け材は別の特別な方法が必要です。
この方法は、結晶の構造と光の性質を両方調べるため、複雑な建材やごく少量のアスベストでも正確に判断できます。特に、偏光顕微鏡では見分けにくい場合に役立ち、間違った判定を防ぎます。
まとめ
アスベスト分析は石綿則遵守と安全管理の要です。今回解説した分析方法の特徴をそれぞれ以下にまとめました。
アスベストの繊維形状や色、複屈折などの光学特性を直接観察する比較的簡便な設備で実施可能
複合・複層建材の層別分析や非意図的混入の検出に適している
分析者の熟練度が結果に影響する
・定性分析方法2(X線回折・位相差分散顕微鏡法)
結晶構造(X線回折)と分散色(位相差顕微鏡)を組み合わせ、多角的な評価を実施
偏光顕微鏡法で判定困難な複雑な試料に対応可能
耐火被覆材や成形板など幅広い建材に適用できる
高精度だが前処理や機器管理が必要である
試料は建材のさまざまな場所からまんべんなく採取し、偏りがないようにします。また、分析は専門の技術者が丁寧に進めます。
これにより、信頼できる結果が得られ、アスベストの飛散を防ぐ対策や法令に基づいた手続きをしっかり支えることができます。